古川雅純

株式会社フューチャー・リレーション 代表取締役社長 古川雅純インタビュー|STAND OUT

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元プロボクサー社長|古川雅純インタビュー1

「オレが地球を守るんだー!」

ヒーローになりきって部屋中を走り回る男の子。男の子なら誰もが1度は憧れたのではないだろうか?
仮面ライダー、北斗の拳、セイント聖矢・・、ウルトラマン・・。

小さい頃の夢は?
「ヒーロー!!」
古川は即答した。

祖父の代からの呉服問屋に生まれ東京小舟町で育った古川、呉服問屋を継がせたい父には良く反発したという。
地球を守るヒーローに憧れる活発的な古川には、呉服問屋の仕事はもしかしたら地味に見えてしまったのかもしれない。

ある日、何気なく流れていたテレビから・・「ワァ−!」っと大きな歓声が漏れた。ふと目をやると、画面には真剣な眼差しで向かい合う2人の男。重いパンチが当たる鈍い音と共に飛び散る汗、血・・

【マイクタイソン VS ダグラス】
古川はテレビにかじりつくように見た。マイクタイソンは当時無敗の世界ヘビー級チャンピオン。

誰もがタイソンの勝利を確信していた。
しかし、結果は・・ダグラスがKO勝ちで王座を奪取した。

「ボクシングにはドラマがある」
古川が他の格闘技ではなくボクシングを選んだ理由だ。

古川がそこに見たものは・・「ヒーロー」。幼い頃から憧れたヒーローの姿だ。特撮のヒーローやアニメのヒーローではなく実際に存在するヒーローだ。

「決めた。オレはプロボクサーになる。」
その日から古川の頭の中はボクシングで一杯になる・・。

ボクシング雑誌を買い漁り、毎日筋トレに励み、休み時間になれば友人相手にボクシングの真似事をした。テレビで世界タイトルマッチが放送される時には3日前から学校を休みテレビの前を動かなかったという。

そして、高校一年生16歳の冬・・アルバイトして貯めた3万5千円を握りしめボクシングジムの門を叩いた・・。
プロへの道は長く険しかった。毎朝のランニング、筋トレ週6日のジム通い。生活の全てをボクシングに捧げた。

『耐えられないことはない』
古川のこの言葉が当時の辛さを物語っている。

ジムに通い4年・・。21歳の夏、古川はとうとう夢を叶える。
プロボクサー古川雅純の誕生だ。
『オレは無敗のチャンピオンになる!』

>>インタビュー2へ続く

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株式会社フューチャー・リレーション 代表取締役社長 古川雅純

古川雅純パーソナルプロフィール
株式会社フューチャー・リレーション 代表取締役社長 古川雅純

1976年、東京都中央区にて呉服問屋の息子として生誕。その後、行徳にて育つ。
中学時代に「マイクタイソン VS ダグラス」の試合を見てボクシングに目覚め、16歳の春、ボクシングジムの門を叩く。
21歳の夏、見事プロテストに合格。21歳から25歳までのプロボクサー時代は中学時代からの夢『世界チャンピオン』を追い求める。
引退後は飲食業や営業職を経て、2006年5月11日、株式会社フューチャー・リレーション設立。現在、仲間達と共に子供たちの未来を守るために太陽光発電で日本中の意識に変化を起こすべく志高く躍動中!!

株式会社フューチャー・リレーション株式会社フューチャー・リレーション
本社所在地 東京都中央区日本橋小舟町12番9号
事業内容 ・ESCO事業
・太陽光発電
・IHクッキングヒーター
・エコキュートの販売
・経費削減コンサルティング
・通信販売事業
理念 絶えまない成長への挑戦がすべての出会いへの恩返しと考え、その中から本当の楽しさ、本物のかっこよさを表現し続け、今世代に「夢を与える企業」として社会への貢献を約束します。

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